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 館長の恐竜おもちゃ発掘記(ブログ)
恐竜おもちゃの博物館
恐竜倶楽部 No.431
 "恐竜おもちゃの博物館" は館長が趣味で集めた恐竜や古生物のおもちゃを公開するバーチャル博物館として1998年に始まりました。
 最近は恐竜おもちゃよりも、恐竜文化の周辺情報に興味の中心が変わりつつありますが、恐竜が好きな皆さんと一緒にこれからも恐竜文化を楽しもうと思います!


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恐竜おもちゃの博物館の館長です(恐竜倶楽部 No.431)

Author:恐竜おもちゃの博物館の館長です(恐竜倶楽部 No.431)
"恐竜おもちゃの博物館"は館長が趣味で集めた恐竜や古生物のおもちゃを公開するバーチャル博物館として1998年に始まりました。最近は恐竜おもちゃよりも、恐竜文化の周辺情報に興味の中心が変わりつつありますが、恐竜が好きな皆さんと一緒にこれからも恐竜文化を楽しもうと思います!



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「恐竜おもちゃの博物館・本館」
恐竜おもちゃの博物館、今日で25年目に突入しました! これからも 恐竜おもちゃの博物館 をよろしくお願いいたします!
今からちょうど24年前の1998年8月15日にスタートした恐竜おもちゃの博物館。今日で満24歳、25年目に突入しました。

24年目だったこの1年は、恐竜おもちゃの博物館を取り巻く環境に大きな変化がありました!
 

その1 この1年も”絶滅(恐竜像の撤去)や絶滅の危機”が多く確認されました!

公園や遊具のメンテナンスには相当お金がかかります。恐竜遊具や恐竜像は大きくて、傷んでくると子どもたちに危険な状況となることがあります。予算が厳しい自治体や利用者が少ない恐竜遊具は、修理できずにやむなく撤去される例が増えています。

また、恐竜研究の進歩に伴い公園の恐竜像の”再現の古さ”が目立つようになり、おじさんにとっては懐かしさを感じる恐竜像であっても、今の子どもたちが知っている恐竜とは違う”変な生き物像”になりつつあります。

日本全国で子どもたちを楽しませている恐竜像、特に40年ほど前の古い恐竜像は今のうちに記録しておかないとあっという間にこの世から消えていきそうです! 


その2 コロナ禍の状況が継続し、恐竜公園や恐竜像の現地調査が困難!

コロナの感染状況も改善したり再流行したりの繰り返し。この1年は感染者数が減少した隙に遠方の研究に出かけたりしましたが、まだまだ油断禁物。

現地に行けない分、メールや電話での調査もうんと増えましたが、コロナ禍の事情を理解していただき、快く調査にご協力いただくことが増えたと思います。ご協力いただいた行政や施設の管理者の皆様、ありがとうございます。


その3 日本全国恐竜公園ガイドの情報がますます増えました!

2015年に日本全国で見ることができる恐竜公園や恐竜像の情報をまとめた「日本全国恐竜公園ガイド」。印刷物にまとめたときに220か所ほどを掲載しましたが、その後も情報は増え続けていて、オリジナルの恐竜像だったり、公園に設置された恐竜モチーフの遊具だったり、内容は様々ですが、何らかの恐竜像がある場所が750か所に迫る勢いです。おそらくまだまだ増えるでしょう。情報がたくさん集まることで見えてくるものがあるので、「これ以上はない!」と観念するまで情報を集めて発信を続けようと思います。

というわけで、まだしばらく「恐竜おもちゃの博物館」は続きますので、皆さん、お付き合いのほど、よろしくお願いします。

2022年8月15日
恐竜おもちゃの博物館 館長

テーマ:恐竜おもちゃの発掘記 - ジャンル:趣味・実用


2022年 あけましておめでとうございます!!!
2022年 あけましておめでとうございます!!!

2021年は長年勤めた会社をスッパリ辞めて4月からまったくの新生活。コロナもあり動きにくいながらも、周囲の心配をよそに思った以上に忙しい日々でした。

今までに集めた恐竜公園の情報を元に恐竜ファイルとして発信をスタート。恐竜像の完成時期やメーカーも管理されてる方々の協力を得て追加調査しつつ、恐竜公園研究を日々楽しみました。

2022年は”Withコロナ"が続きそうですが、確実に人の動きも増えてきて、色々な所にも行けそうでワクワクです。

とってもレアな趣味と思っていた恐竜公園のレポートも、Youtube動画で恐竜公園を紹介する人など同じ趣味を持つ方も増えてきて、いずれを恐竜公園学会が立ち上げられそうな予感がします。

その時に向けて、恐竜公園や恐竜像の情報を集め、日本の恐竜文化の情報を発信し続けたいと思います。

恐竜おもちゃの博物館を今年もよろしくお願いします。

長崎のもざき恐竜パーク 長崎市恐竜博物館のスケルトンザウルス(亜熱帯植物園から移転)(長崎県長崎市) 【日本全国恐竜公園 恐竜ファイル】
2021年最後に探検した恐竜公園
長崎市恐竜博物館のスケルトンザウルス

■恐竜おもちゃの博物館 TOP
■恐竜と遊ぶ恐竜公園・恐竜像 全国

次はどの恐竜公園を偵察に行くのか? 皆さんのお近くにも恐竜公園や恐竜オブジェがあったら、館長のメールまでデジカメ写真と情報をください! 皆さんからの恐竜公園情報も待ってます! 公園の場所や名前も教えてくださいね。情報はこちらへ




テーマ:恐竜おもちゃの発掘記 - ジャンル:趣味・実用


茶臼山恐竜公園を作った役人のお話 「恐竜公園たんじょう物語 情熱とロマンの人・小島武彦」
長野県長野市の茶臼山恐竜公園のオープン当時のことを調べていて、誕生の秘密が書かれた本を発見!

さっそく手に入れて読んでみたら、週刊サンケイに書かれていた「茶臼山恐竜公園を作った役人」のお話でした!

子ども向けの本ですが、「役人が発案した恐竜公園」その全貌がわかる内容で、感動の物語なので茶臼山恐竜公園のファンの皆さんには、ぜひ本で読んで欲しいです!

「恐竜公園たんじょう物語 情熱とロマンの人・小島武彦」より
恐竜公園たんじょう物語
情熱とロマンの人・小島武彦
和田登・作/岩淵慶造・絵
発行所 PHP研究所
1992/12/4 第1版第1印刷

内容をかいつまんでお知らせすると・・・・・ (と、いいながら長文ですが・・・・・)


■ 主人公・長野市役所の小島武彦さんに市長が与えた課題は”茶臼山に植物園を作ること”

1950(昭和25)年に長野市役所で見習い職員として働き始めた小島武彦さんが、学業と勤務の両方をこなして徐々に努力とアイデアの人と認められ、働き始めて20年余後の1977(昭和52)年4月には公園緑地課の課長に抜擢されていた。

1977(昭和52)年は長野市政80周年にあたり、それを記念する事業やイベントがたくさん控えていた。ここで新任の公園緑地課の課長・小島武彦さんに市長が与えた課題は”茶臼山に植物園を作ること”

茶臼山は全国でも有名な地すべり地帯で、大掛かりな滑り止め工事の成果で大規模な地すべりは止まっていたが、それでも地すべりは続き、1年に30センチは地すべりし、赤茶けた土がむき出しの土地だった。ここを植物園にする計画が企画され、任されたのが小島武彦さん。「地すべり地帯の上半分16万㎡を第1期として完成させ、その後、下半分17万㎡を第2期として完成させよ」

第1期の植物園は小島武彦さんの研究・努力、熱意や強運で無事に1977年7月27日にオープン。オープン後に追加で2万4千本のツツジなどの花が植えられ、見事な植物園になっていたが、小島武彦さんには、「このまま下半分も同じ植物園にしたら、いずれ飽きられてしまう。上半分とは違う何かが必要だ」と、第2期の目玉を何にすべきか悩んでいた。

そんなとき、地すべり地帯で見下ろすススキの原・・・を眺めていて浮かんだのが首の長い恐竜の姿の幻影! これに着想を得て、ひとりで恐竜のことを研究し、「地球の歴史をたどりながら太古の昔から地球の将来をも考えてもらう、そんな学習の場にしたい、そのためには恐竜・古生物が最もふさわしい。」との結論にいたる。

「恐竜公園たんじょう物語」より

・・・いたずらに恐怖心をあおりたてる怪獣とはちがうんだ。
 恐竜は、たしかにこの地球の長い歴史のなかに存在した生物だ。家族連れなどで来てそれをながめながら、はるかな時代に心をはせ、人類のたんじょうや、反対に地球の未来について考える、そんなキッカケにもなるかもしれない。



■ 周りのみんなは恐竜公園づくりを賛成するか?

下半分も上半分と同じように植物園にするつもりをしている周りのみんなを相手に、「植物園に実物大の恐竜や古生物の像を15体も配置する」突飛なアイデアが受け入れられるだろうか?

小島さんは家族の力も借りて作ったのプレゼン資料や小さな恐竜の模型を使って、公園緑地課のメンバーや上司の部長、市長をも説得し、市長から恐竜公園建設のゴーサインを引き出した。

ここからは、先日ブログで紹介した週刊サンケイに「役人が発案した恐竜公園」の記事に書かれていたように、公園緑地課だけでなく、市役所のメンバーで結成された恐竜設置委員会や、ガラス繊維入りの強化プラスチックで、鉄骨入りの空洞の実物大恐竜像をつくるという未知の難題にチャレンジした日東商事の皆さん、完成した恐竜像の色付け作業にあたり小島武彦さんと日東商事の職人さんとの間で繰り広げられたバトルなど、幾多の難問を解決し、前々から決まっていた長野市の小中学校の夏休みの初日のオープンにこぎつけた。


■ 恐竜像設置のためにクリアしなければならない課題の一つが、コンクリート製の基礎がつかえないこと

「恐竜公園たんじょう物語」より

 当時の建設現場の地すべりは大幅に改善されていたが、それでも1年に20~30センチは動いている状況で、動く時はコンクリートの土台を土砂がつき上げ、それによって建造物は倒れてしまうので、基礎は作れない状況だった。

 チームは連日にわたって研究を重ねた結果、恐竜の材質やその強度、重量などについてほぼ見通しがついたものの、きそ固めについては全くお手上げだという報告だった。

 材質は、ガラス繊維が20パーセント入った強化プラスチック。

 中を空洞にして建てる。ただし、鉄骨を入れ、風速30メートルから35メートルにもたえられるようにする。

 また、石をぶつけられても、鉄や銅と同じくらい強くはね返す力をもてるようにする。

 以上のような研究結果だった。が、これらは常識的に、コンクリートできそ固めをした場合の結論である。

・ ・ ・ ・ ・

 どうしたらよいかを昼夜考え続けた小島武彦さんが風呂に入っていたとき、海に浮かぶイカダが脳裏に映り、海と茶臼山とがダブったイメージとなった。

「そうだ!」とさけんでいた。

「あの一帯を海とみたてればいいんだ。」

 海は波立つ。あの地面も波・・・。波にのっかったイカダ・・・。イカダ組みなら、おし上げる土砂もつきぬけて、台に無理な力ははたらかない。ひっくり返らない・・・。

「イカダ組み。鉄骨で、しょうじのさんのように台を組むんだ! H鋼組みというのか・・・。その上に恐竜をしっかりとすえればいいんだ!」

「恐竜公園たんじょう物語 情熱とロマンの人・小島武彦」より
アイデアに基づいて
作られたイカダ型の基礎



恐竜を配置するんだ!というアイデアを市長以下周りの人を巻き込んでゴーサインを取り付けたこともすごいんですが、あの巨大な恐竜像を設置した場所は、当時はまだ地すべりで年30センチくらいは地面が動いていた場所。地すべり防止を管轄する砂防事務所の所長から、コンクリート製の基礎は不可(地すべりで動き、結果、建造物が傾くため)、水道敷設は不可(地すべりで水道管が切れる・破裂、水が地中に漏れると地すべりの原因になる)などの難課題が出され、技術者でないのにH鋼でイカダ型の基礎を作り、地すべりの土の動きを受け流す基礎を発案、砂防事務所からもお墨付きをもらい恐竜公園が実現できたことが、信念と熱意があればなんでもできるんだなあと感動させる場面です。


■ 次の難関は、恐竜像の造形バトル!

「恐竜公園たんじょう物語」より

 恐竜をつくったりする業者がきまったのは、きめるまでの準備に手まどり、おくれにおくれてその年の10月になっていた。引き受けた会社は、東京の日東商事という会社である。おもに博物館へおさめるもけいをつくったりしてきた業者だった。実物大の恐竜をつくるなど体験がなかっただけに、かなりの冒険だった。

 会社は総力をあげて、それに取り組んだ。

 東京の工場でまずつくり、それを3つぐらいに輪切りにしてトラックで運び、茶臼山の現地で組み立てる作戦を考えた。

「恐竜公園たんじょう物語 情熱とロマンの人・小島武彦」より
恐竜の胴体が
鉄骨で組み立てられる

「恐竜公園たんじょう物語 情熱とロマンの人・小島武彦」より
工場からトラックで運び出される
ブロントサウルスの尾の部分

「恐竜公園たんじょう物語 情熱とロマンの人・小島武彦」より
茶臼山に設置される
ブロントサウルス

 土台のH鋼の組み合わせの仕事は、別の業者がたんとうした。

 武彦は東京でせいさくがはじまると、何回も上京し、うち合わせをしたり、ちゅうもんをつけた。また、ついでに大学の先生にも会い、恐竜のこまかい疑問点について相談した。

 そして会社には、とくに恐竜の色は、今にも生きて動きだすような感じにくふうしてほしいと、自分の案を伝えた。


恐竜の造形にあたっては、小島さんはこの数年前に家族で名古屋の東山動物園の日本最古のコンクリート製恐竜像を見ていたそうで、「なんとも迫力がない、狛犬みたいな恐竜像はダメだし、茶臼山ではコンクリート製はダメ。どうやって作ればよいのだろう」と考え、茶臼山の恐竜たちは”生き物として再現”することにこだわったんですね。


■ 造形が終わり、塗装仕上げの色の塗り方で大バトル!

「恐竜公園たんじょう物語」より

・・・恐竜たちが現地に運ばれ、ペンキで色づけ作業がはじまると、

・・・うむ。ちがう。ここはどう見てもオレのイメージとちがう。と、心配しだした。

・・・これでは、躍動感がでない!

 ある日、ディプロドクスの腹の色をぬっている作業員たち2人に近づき、

「ちょっと待ってください。」

と、声をかけた。

 はけを持った2人が、ふりむいた。

「こいつは、先日も話したんだけど、腹がニンシンしたようにデブッとした仕上がりになってしまっているので、色で引きしめたいんですよ。」

「色で引きしめる?」

バサバサ頭の青年が聞き返した。髪は肩にかかっている。

「先日っていいましたけど、そんな話、聞いてませんでしたよ。」

「いや。」

「だれにですか?」

現場には、7、8人が戸倉温泉に泊まりこんで作業に通っている。

「大久保さんに、いったんだがなあ。まあ、そんなこといってても仕方ないのでね、まことに申しわけないが、前足とどうたいのくっついたあたりを中心として、青をきつくして陰影をつけてください。」

「困りますよ。急に・・・」

別のやせた小さな青年は、せなかを向け、無口に色をぬりはじめた。武彦は、バサバサの方に向かった。

「いや。たのむ。おねがい・・・。それからね、20番だけどね。」

いいだすと、バサバサ頭の青年は怒りだした。

「こっちにもイメージがある! 困りますよ。」

その返事をきっかけとして、武彦と青年が感情的になる場面があったが、結局は武彦の熱意に相手がうち負かされるかたちとなった。


造形で表現しきれなかった生き物らしさを塗装でカバーしようと、色の塗り方について日東商事の職人さんとのバトルも熱意を感じる場面です。

小島さんの頭の中のイメージを職人さんたちに伝えるため、長年飼っている亀に加え、同僚に頼んでイモリを2匹もらって自宅で飼い、何時間も観察し、筋肉の動きや色の変化を学び、ここで得た知識をもとにリアルに見える色の塗り方を職人さんたちにお願いした場面もすごいですね。

職人さんたちって技術に自身があるから、専門家以外の意見は聞かないと思うんですが、小島さんの熱意や説得がすごかったんでしょうね。


■ そして迎えたオープン日(1980年7月27日)

そして、オープン日は最寄り駅から出る恐竜バスで大勢の家族連れが茶臼山恐竜公園に押し寄せ、以来、多くの人が訪れ、歓声をあげる人気スポットになった。

「恐竜公園たんじょう物語」より

 恐竜公園は、予定通り市内の小中学校の夏休みの初日にオープンになった。
 ・・・
「あ、恐竜バス第1号が着きましたよ。」

「恐竜公園たんじょう物語 情熱とロマンの人・小島武彦」より

 おおぜいの招待客や職員のあいだから、そんな声がおこった。

 下方のちゅうしゃ場に、ボディいっぱいに恐竜の絵を楽しくあしらったバスが止まった。

 ぞくぞくと家族連れや、若い男女お年よりなどあらゆる年齢層の人々が降りてくる。

 おりたとたん、
「わーっ! 大きいっ・・・。」
と、声をあげて子どもたちが走りだす。

 トラコドン、トリケラトプス、ティラノサウルスがそこにいる!

 ”・・・さてみなさん。ここで”恐竜の王国”へご案内しましょう。恐竜の生きていた時代のことをお話するために、まず、この地球が生まれたころまで、タイムマシンでさかのぼってみましょう・・・。

 音楽をバックに、はぎれのよい女性のアナウンスが流れる恐竜バス。運転席のうしろ上部には、回転式に絵がかわるスライドが映しだされていた。

 そんなバスで、心を恐竜の世界につれていかれた客たちは、降りる前からすでに異次元に入った気分になる。

 子どもたちは、もう待ちきれない気分でバスから飛びおりてくるのだった。親もあわててあとを追う。

 やがて最大級の恐竜、ディプロドクスに出あったときには、大きな歓声をあげたまま、ひとしきり立ちつくす。

 なにしろ、体長25メートルそのままに首をもたげているのだ。

 そのうちに、どうたいの中からシッポの先まですべり台になっているのをみつけると、にぎやかな喜びの声とともにすべりだす。

 武彦はそんな光景を目のあたりにしながら、きょうという日の感激をかみしめた。

 この日から日曜日には2万人、ふつうの日でも千人におよぶ人々がおしかけるようになった。


オープン日にお客さんを大量輸送した恐竜バスには、最近のテーマパークよろしく、ガイドさんが地球の歴史や恐竜のことをバス内で前説したそうです。このために小島武彦さんは、ガイドさんたちへの講師も勤めたそうです。

こんなところも小島さんの緻密さと情熱を感じるエピソードですね。

「恐竜公園たんじょう物語」より

 武彦のアイデアと情熱が結晶した自然植物園は、名前も恐竜公園として定着し、よく年にはさらに8体の恐竜が新しくつくられた。ブロントサウルスの横には、子をいたわるようなさらに巨大なかあさん恐竜も置かれた。

・・・これが、太古、現代の別のない生きもの本来の姿さ。

 武彦は、茶臼山に登るたびに、親子の愛情について思うのである。

 ところで今、恐竜公園を訪れる客は、年間数十万人におよぶ。だがそのかげに、武彦のアイデアと情熱と苦闘があったことを知るものは、ほとんどいない。




■ 日本の恐竜公園創設のレジェンドとして、小島武彦さんを顕彰したい!!!

日本初の本格的な恐竜公園・茶臼山恐竜公園の誕生の秘密が感動の物語として気軽に読めるお薦めの本です。

恐竜おもちゃの博物館的には、恐竜公園創設のレジェンドとして、アロサウルスの全身骨格をポケットマネーで寄付してくれた小川勇吉さんに続き、小島武彦さんを”恐竜公園の父”として顕彰したい!!!

茶臼山恐竜公園のファンの皆さんは、ぜひ、本で読んでみてください。茶臼山恐竜公園や恐竜像がますます好きになりますよ!

館長
茶臼山恐竜公園を作った役人のお話 「恐竜公園たんじょう物語 情熱とロマンの人・小島武彦」

■ 施設名:茶臼山恐竜公園
■ 所在地:長野県長野市篠ノ井岡田2358
■ 交通:JR信越本線・篠ノ井駅から4km
■ 恐竜像:23体


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「無用の長物」という声もある 役人が発案した恐竜公園 ・・・ 日本初の本格的な恐竜公園”茶臼山恐竜公園”の誕生
長野県長野市にある茶臼山恐竜公園のオープン当時のことを調べていたら、オープン翌年1981年の週刊サンケイにこんな記事を見つけた ・・・ 

「無用の長物」という声もある 役人が発案した恐竜公園


なんかトゲがあるキャッチコピーですが、当時は今とは違ってコンプライアンスとか気にしない時代ですし、大衆向けの週刊誌なので面白おかしく記事が書かれるわけで、こんなタイトルになったんでしょう。

でも記事の中身は、今となっては、できたばかりの茶臼山恐竜公園を一般の人がどのように見ていたかが分かる貴重な資料だと思います。

少し長くなりますが、記事の全文を紹介しましょう。


「無用の長物」という声もある 役人が発案した恐竜公園
週刊サンケイ 1981(昭和56)年8月6日号

「無用の長物」という声もある 役人が発案した恐竜公園(週刊サンケイから)
◆国立科学博物館地学研究部の
小畠郁夫理学博士によると、
「多少デフォルメしてあるが、
ほぼ学術的知識に忠実」

(記事)
 このところ、「中国の恐竜展」(協力=中国科学院)、「大マンモス展」(協力=ソ連科学アカデミー)と、どういうわけか、このテのものがちょっとしたブーム。

 ところがどっこい、外国の協力を得なくても、23体の"恐竜"に出会える場所が日本にもあった。長野県長野市にある、「茶臼山自然植物園」。

 実はこの植物園というより、"恐竜公園"、それまでは、面積の半分が植物の育たない酸性の土。しかも全国でも有名な「地すべり地帯」。山肌がじかに露出し、人をよせつけない荒涼たる土地だった。「この"異次元的空間"に似合い、かつその雰囲気をいかせるものは・・・・・・・恐竜しかないっ!」

・・・ 発案者で制作担当の長野市役所公園緑地課は、この日から"恐竜研究課"に変身。専門書を読みあさり、学者に話を聞き、イモリを捕えてきて、「頭が右を向いた時、シッポは左右どっちに動くか。肢をふんばったらシワはどこにでるか」を観察。大奮闘のかいあってか、客の動員も好調らしい。(記事おわり)


「無用の長物」という声もある 役人が発案した恐竜公園(週刊サンケイから)
◆ティラノサウルス
(中生代白亜紀・約1億年前)の口から、
1981年の長野の街並みが見える

「無用の長物」という声もある 役人が発案した恐竜公園(週刊サンケイから)
◆中生代・ジュラ紀に繁栄した
ブロントサウルスの親子

「無用の長物」という声もある 役人が発案した恐竜公園(週刊サンケイから)
◆昨年オープンしたが、
今年にはいって
県外からの客が増えた

(記事・写真とも原文のまま)

これは茶臼山植物園だったら、こんなに人は来ないし、週刊誌にも載らないはず。日本初の実物大恐竜公園はとってもインパクトがあったんですね。

・ ・ ・ ・ ・

茶臼山恐竜公園ができたのは1980年ですが、当時の日本には恐竜公園といえば、名古屋市にある東山動植物園に日本最古のコンクリート製の恐竜3体(1938年製)があったくらいで、実物大の巨大な恐竜像などは国内では見ることができなかった時代。そこに、地すべり地の荒涼とした風景の中に作った植物園の目玉展示として実物大(一部は実物よりも巨大、一部は実物よりも小さい)の恐竜像15体が現れたのですから、地元にとどまらず全国各地からお客さんが押し寄せ、最寄駅からは恐竜バスも出て、たいそう人気だったそうです。

※1980年7月のオープン時に15体だった恐竜は翌年に追加され、いまでは合計23体に。

「役人が発案した・・・」とあるのは、この恐竜公園を企画したのは公園緑地課の課長さんがひとりでアイデアを出し、市長や同僚を説得、市議会の承認も取り付けて、努力の末に”前代未聞の恐竜公園”を出現させたんですね。プロジェクトXの世界です!

恐竜像の制作を担当した日東商事のみなさんも、実物大の恐竜像を軽量に仕上げるためFRPで作ったのは初めての挑戦。造形も塗装も、課長さんと日東商事のみなさんとずいぶんもめたようで、そんなぶつかり合いがあったからこそ、人々に驚きと楽しさを与えた日本初の本格的な恐竜公園ができたんですね。

これは施工を担当した日東商事にとっても一大転機だったはずで、1980年に茶臼山恐竜公園がオープンした以降、当時の日本で唯一の”屋外に設置できる実物大恐竜模型の専門メーカー”として大活躍。日本各地で”観光資源としての恐竜公園”の企画が相次ぎ、日東商事の施工による恐竜公園が各地で出現することとなりました。

私がはまっている恐竜公園のルーツは、まさにここにあったんだなぁ! 恐竜公園のことを、日東商事の方に聞きたいんですが、10年くらい前?に会社がなくなっているようで、お勤めだった方からお話を聞くことができずにいます。

日東商事のこと、ご存じの方がいらっしゃれば、なんでも構わないので、教えてください!

館長
「無用の長物」という声もある 役人が発案した恐竜公園 ・・・ 日本初の本格的な恐竜公園”茶臼山恐竜公園”の誕生

■ 施設名:茶臼山恐竜公園
■ 所在地:長野県長野市篠ノ井岡田2358
■ 交通:JR信越本線・篠ノ井駅から4km
■ 恐竜像:23体


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恐竜おもちゃの博物館、今日で24年目に突入しました! これからも 恐竜おもちゃの博物館 をよろしくお願いいたします!
今からちょうど23年前の1998年8月15日にスタートした恐竜おもちゃの博物館。今日で満23歳、24年目に突入しました。

23年目だったこの1年は、恐竜おもちゃの博物館を取り巻く環境に大きな変化が! 

その1 恐竜おもちゃのほとんどを里子に出しました!

「将来のエンディングに向けて22年目から180度の方向転換を行い、中学・高校の頃から40年近くかけて集めた恐竜おもちゃは徐々に減らし、人生のエンディングに向けた長期計画で最終的には「ゼロ」個に戻したい」という方針でしたが、一気に前倒しで実施。恐竜おもちゃは、ほとんどを処分。よっぽど寂しいかと思いましたが、なんのことはない、とってもすっきりしちゃいました。
まだ、恐竜や古生物の本がたくさんありますが、これも近々、すっきりしたい!

その2 今年は”絶滅(恐竜像の撤去)や絶滅の危機”が多く確認されました!

公園や遊具の宿命ですが、メンテナンスには相当お金がかかります。特に恐竜遊具や恐竜像は大きくて、傷んでくると子どもたちに危険な状況となることがあります。予算が厳しい自治体や利用者が少ない恐竜遊具は、直してもらえずに撤去されてしまうことが増えたように思います。コロナ禍で公園の利用者が減ったことも、恐竜像撤去に影響しているような・・・。

また恐竜研究の進歩に伴い公園の恐竜像の”再現の古さ”が目立つように・・・ おじさんにとっては歴史的な価値や懐かしさを感じる恐竜像であっても、今の子どもたちが知っている恐竜とは違う”変な生き物像”になりつつあります。なので、私が集めた恐竜公園や恐竜像の情報は、現在の情報から過去の遺産になりつつあり、その速度は思ったよりも速い!

日本全国で子どもたちを楽しませている恐竜像、今のうちに記録を残しておかないと、あっという間にこの世から消えていきそうです!

その3 コロナ禍の状況が継続し、思った以上に恐竜公園や恐竜像の現地調査が困難!

おまけに長年勤めた会社も辞めたので、時間の使い方も、空間の使い方も激変した中で、恐竜文化に関する周辺情報の研究と発信としては恐竜公園や恐竜像の研究が現在の最大の関心事に。そこで、24年目は今までに集めた恐竜像の情報を整理して発信することにしました!

日本全国恐竜公園 恐竜ファイル

いろいろな機会に全国の恐竜公園を訪問して会ってきた恐竜像たちを紹介していきます。

新型コロナウイルスの感染防止のため、従来のように気軽な移動ができないので、訪問や調査にはかなりの制約があり、過去の情報が多くなりますが、ネタがある限り、発信していきたいと思います。

というわけで、まだしばらく「恐竜おもちゃの博物館」は続きますので、皆さん、お付き合いのほど、よろしくお願いします。

2021年8月15日
恐竜おもちゃの博物館 館長

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2021年 あけましておめでとうございます!!!
■ あけましておめでとうございます!!!

 2021年がスタートしました。

 2020年はコロナウイルスの影響で外出自粛、移動自粛が続いたので、恐竜公園巡りがほんの少し、家の近くでしかできませんでした。今まではあんなに何か所も行っていたのに・・・

 お出かけできない分、ネットによる恐竜公園探しや、”恐竜おもちゃの博物館”を見ていただいた仲間からの情報をいただき、今現在、判明した恐竜公園の数は、495か所、博物館や科学館を加えると恐竜と触れ合える施設は 601か所になりました! 情報を提供いただいた皆様、ありがとうございました!!!

 2021年もしばらくはコロナと共に生きる”Withコロナ"が続きそうですが、そんな中でも恐竜公園や恐竜遊具、恐竜看板で楽しい毎日が過ごせるよう、恐竜と遊べる方法を探して、恐竜ライフを楽しみましょう!

 今年も”恐竜おもちゃの博物館”をよろしくお願いします!

2020年最後の恐竜公園 茨城県東海村のカラオケスナック ウイングの恐竜看板

 2020年最後に探検した恐竜公園 「茨城県東海村のカラオケスナック ウイングの恐竜看板」

恐竜公園などの情報はこちらへ

■恐竜や古生物の展示会 恐竜イベント情報!
■館長が見学した恐竜展たち!
■恐竜に会える博物館・科学館など
■恐竜と遊ぶ恐竜公園・恐竜像


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恐竜おもちゃの博物館、今日で23年目に突入しました! これからも 恐竜おもちゃの博物館 をよろしくお願いいたします!
今からちょうど22年前の1998年8月15日にスタートした恐竜おもちゃの博物館。今日で満22歳、23年目に突入しました。

この1年間は、新規の恐竜おもちゃ購入は控え、恐竜おもちゃを見かけても買わない生活がすっかり身に付きました ・・・ と言いつつやっぱり買ってますが・・・。

その代わりに力を入れていたのが恐竜文化に関する周辺情報の研究と発信として、恐竜公園と恐竜イベントの情報を恐竜好きな人に向けた発信でした。

が、2020年の2月には新型コロナウイルスによる自粛や働き方の環境変化があり、恐竜イベントのあいつぐ中止や延期、恐竜公園にも行けないし、在宅勤務は勤務時間のほとんどがパソコンを使っての仕事になり、仕事だけでも一日のほとんどがパソコンに向かう生活。これに趣味の恐竜に関する情報をスマホやパソコンを使って集めて発信する時間が加わると、どうかすると起きている時間のほとんどをコンピューターと向き合っている ・・・・。

これではいかんと、周囲の勧めもあり、仕事以外でスマホやパソコンを触る時間をうんと減らすため、情報調査と情報発信を減らすことにし、具体的には「恐竜イベント情報」は閉店(2014年にはじめて以来1240件の恐竜イベントを紹介、ご愛顧ありがとうございました!)、「ツイッター」での発信をしばらくお休み、コロナの移動自粛で「恐竜公園巡り」もはからずも激減となりました。

恐竜おもちゃの博物館も将来のエンディングに向けて昨年から180度の方向転換を行い、中学・高校の頃から40年近くかけて集めた恐竜おもちゃは徐々に減らし、人生のエンディングに向けた長期計画で最終的には「ゼロ」個に戻したい方針を今年も継続。たくさんある本も恐竜おもちゃも次世代を担うチビッ子&若者たちに譲りたいけどコロナウイルス環境下なのでなかなか自由にならず、いろいろ課題はありますが、「恐竜が好き」なことは変わらないので、恐竜が好きな仲間たちと恐竜周辺情報で楽しんでいきたいなぁと思っています。

というわけで、いままでとは活動内容が変わりますが、まだしばらく「恐竜おもちゃの博物館」は続きますので、皆さん、お付き合いのほど、よろしくお願いします。

2020年8月15日
恐竜おもちゃの博物館 館長

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恐竜おもちゃの博物館、今日で22年目に突入しました! これからも 恐竜おもちゃの博物館 をよろしくお願いいたします!
今から21年前の1998年8月15日にスタートした恐竜おもちゃの博物館。今日で22年目に突入しました。

この1年間は、昨年の8月に使っていたノートPCが突然ダウンし、恐竜おもちゃの博物館のデータや恐竜公園を撮影した写真データが一瞬で消えるなどのアクシデントがあり、またレンタルサーバーとして永年使ってきたヤフージオシティーのサービスが終了するとのことでサーバーを引っ越ししなければならなかったり、たまりにたまった恐竜おもちゃの量に自身の整理も記憶も追いつかずイライラする日々となり、なんとかしなければと今後を考える1年間でした。

今までのように見かけた恐竜おもちゃを買っていると、ごちゃごちゃが増えるだけなので、しばらく購入を自粛。すると、今まであんなに欲しかった恐竜おもちゃも買わずにいられるようになり、この1年に買った個数はかなり減少。知り合いのチビッ子に差し上げたり、整理したりして、恐竜おもちゃの数の増加にもブレーキがかかり一安心。

最近はまっている恐竜公園巡りをや恐竜イベント調べなど、しばらくは恐竜おもちゃでなく周辺情報で楽しもうと思っています。

恐竜おもちゃの博物館も将来のエンディングに向けて方向転換。中学・高校の頃から40年近くかけて集めた恐竜おもちゃは徐々に減らし、人生のエンディングに向けた長期計画で最終的には「ゼロ」個に戻したい。物よりも情報に今まで以上にシフトして、恐竜関連情報で楽しんでいきたいなぁと思います。

と、いうわけでまだしばらく恐竜おもちゃの博物館は続きますので、皆さん、お付き合いのほど、よろしくお願いします。

2019年8月15日
恐竜おもちゃの博物館 館長


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ビアードパパ 季節限定 恐竜のガリガリたまごシュー 食べました!
今年は、大ヒット間違いなしの映画の「ジュラシック・ワールド/炎の王国」の公開にあわせて、恐竜グッズが次々登場!

シュークリーム専門店 「ビアードパパの作りたて工房。」 の季節限定メニュー 「恐竜のガリガリたまごシュー」があるんですよ。
まるで発見された恐竜化石のような季節限定シュークリームです。

ビアードパパ 季節限定 恐竜のガリガリたまごシュー

7/1~8/31 期間限定

ビアードパパ 季節限定 恐竜のガリガリたまごシュー
イーアスつくばの
ビアードパパで売ってました。

限定なので、
シューが焼けるタイミングを
30分待ってゲット!

ビアードパパ 季節限定 恐竜のガリガリたまごシュー
まるで恐竜のたまごみたいな
シュークリーム!
230円

ビアードパパ 季節限定 恐竜のガリガリたまごシュー
確かに恐竜のたまごみたいな
ゴツゴツの表面!

サクサクを超えた
ガリガリ触感にビックリです!

季節限定 恐竜のガリガリたまごシュー

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地球の歴史文庫・全12巻の1冊 日本列島のおい立ち(牛来正夫著)を読みました。67年前に書かれた本で、本全体がリアルにレトロで楽しい!
館長
地球の歴史文庫・全12巻の1冊 日本列島のおい立ち(牛来正夫著)を読みました。1951年に初版が書かれた本なので、今から67年前の本。地学の本ですが、地学の歴史も、当時の様子も書かれているところも楽しみです。

■ 名称:日本列島のおい立ち
■ 著者:牛来正夫
■ 発行日:1969年1月10日(初版1951年)
■ 発行所:福村出版株式会社


日本列島のおい立ち(牛来正夫著)
日本列島のおい立ち
牛来正夫著

1969年1月10日発行(初版は1951年)福村出版の地球の歴史文庫・全12巻の1冊。

著者の牛来正夫先生は地球科学者で元東京教育大学(現在の筑波大学)理学部の教授で、世界に名が知られた研究者だったんですね。「うしこ」さんと思っていましたが「ごらい」さんて読むんですね。ナウマン象などの研究者 地球の歴史文庫の著者の一人でもある井尻正二さんの親友とか。

本は第1章 大地は生きている、第2章 日本列島のおい立ちの二部構成。動かなく見える大地でも上昇したり沈下したり、地震などで動くこと、地盤の上下で海岸線が陸地に入り込んだり、陸地が広がったりすること。地球内部からマグマが噴き出したり、作られた地層が褶曲したり、おしかぶせが起きたり等など、日本列島の誕生から変化まで、分かりやすく説明されています。

レトロな挿絵が
良い感じ!

日本列島のおい立ち(牛来正夫著)
21図
溶岩が水けむりをあげて
海中に流れ入る

日本列島のおい立ち(牛来正夫著)
26図
1946年(昭和21)の
桜島火山の大噴火

日本列島のおい立ち(牛来正夫著)
40図
科学博物館
正面の真白い花崗岩は
筑波山の北の方から産出された
稲田みかげ

日本列島のおい立ち(牛来正夫著)
45図
長瀞
きれいな地層で
昔から楽しまれている観光地

そんな中、1951年に書かれた本なので気になることが随所に出てくる。

■ 当時の地学通説では地球の年齢は20億年?

「魚のおいたち」の本にも出てきたゴトランド紀(現在のシルル紀)の名前も出てきますが、地球の歴史が20億年だったらしい。最近は地球の歴史は46億年と書かれている本が多いと思うのですが・・

「・・・地球のはじまりもおなじでして、地球そもそものはじまりがどんなだったかということは、なかなかむずかしい問題です。学者の考えがまちまちでまだよくわからないことが多いのですが、今からおおよそ二十億年ほど前までは、地球はドロドロにとけた熱い液体のかたまりだったろうといわれています。・・・」

日本列島のおい立ち(牛来正夫著)

地質時代の表でも、カンブリア紀よりも古い時代(20億年~5億5000万年前)が太古代(始生代+原生代)となっている。当時は地球の年令は20億年と考えられていたのかな? 最近の図鑑を見るとまだ地球がドロドロだった時期も含めて46億年~冥生代、40億年~始生代、25億年~5億4100万年が原生代と研究成果で変わってきたんですね。
 
■ 戦争の影響で「金へん景気」?

「この前の戦争(1945年が終戦)のときには100機以上もの飛行機で空襲されて、たくさんの家がやかれ、人が死に、悲しみもきえないうちに、またこの大地震(1948年福井地震)のためにさんざんな目にあったのです。・・・」

「・・・どこかで戦争がはじまって、どんどん武器が使われて足りなくなると、それをつくるのにいる鉄とか、銅とかそのほかいろいろの金属類が足りなくなって、どんどん値段が高くなるようになります。それですから武器をつくる特べつの大会社は、うんともうかるというわけなのです。これが金へん景気というものです。」

 ・・・・・
 
地学の歴史を学べる本ですね。当時の第一人者が子ども向けに優しくかみ砕いて解説しているのでスラスラ読めます。でてくる写真やイラストもレトロで好きだなぁ・・・。

日本列島のおい立ち(牛来正夫著)

このシリーズは他にも読みたい本があるので、古書店やヤフオクで探しています。しばらく「地球の歴史文庫」で楽しめそうです。

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