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 館長の恐竜おもちゃ発掘記(ブログ)
恐竜おもちゃの博物館
恐竜倶楽部 No.431
 "恐竜おもちゃの博物館" は館長が趣味で集めた恐竜や古生物のおもちゃを公開するバーチャル博物館として1998年に始まりました。
 最近は恐竜おもちゃよりも、恐竜文化の周辺情報に興味の中心が変わりつつありますが、恐竜が好きな皆さんと一緒にこれからも恐竜文化を楽しもうと思います!


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恐竜おもちゃの博物館の館長です(恐竜倶楽部 No.431)

Author:恐竜おもちゃの博物館の館長です(恐竜倶楽部 No.431)
"恐竜おもちゃの博物館"は館長が趣味で集めた恐竜や古生物のおもちゃを公開するバーチャル博物館として1998年に始まりました。最近は恐竜おもちゃよりも、恐竜文化の周辺情報に興味の中心が変わりつつありますが、恐竜が好きな皆さんと一緒にこれからも恐竜文化を楽しもうと思います!



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「恐竜おもちゃの博物館・本館」
鹿児島でアロサウルスとカンプトサウルスに再会しました! 恐竜が日本にやって来た話、何度読んでも感動します!
■ 鹿児島に行くなら、この恐竜に会わないとダメ!

鹿児島に行ったら小川勇吉さんの恐竜に会わないとね。この恐竜は日本にあるほかの恐竜とは違いますから!

鹿児島に行ったら小川勇吉さんの恐竜に会わないとね!
鹿児島県立博物館(本館)

鹿児島に行ったら小川勇吉さんの恐竜に会わないとね!
宝山ホールの恐竜たち

ここの2体の恐竜全身骨格と上野の科学博物館1階に展示されているアロサウルスはアメリカで活躍していた日本人の小川勇吉さんが日本の子どもたちに本物の恐竜を見せてやりたい!とポケットマネーで化石を手にいれ日本初の恐竜全身骨格を3体も寄付してくれたもの。感動しますよね。今の日本の恐竜人気も、小川勇吉さんが恐竜を見せてくれたからでしょう。

鹿児島に行ったら小川勇吉さんの恐竜に会わないとね!
小川勇吉さんの恐竜

鹿児島に行ったら小川勇吉さんの恐竜に会わないとね!
カンプトサウルス

鹿児島に行ったら小川勇吉さんの恐竜に会わないとね!
狙うアロサウルス


■ 小川勇吉さんとはどんな人?

小川勇吉さんの話は感動ものなので、博物館の説明をそのまま載せます。

鹿児島に行ったら小川勇吉さんの恐竜に会わないとね!
県立博物館の説明パネル


小川勇吉氏とはどんな人か

1888年(明治21年)三重県志摩郡志摩町越賀に生まれる。長じて、郷里の水産学校を終えたのち、日本大学および中央大学の夜間部で法律を修めた。

1910年(明治43年)22才で単身渡米する。グランド・キャニオンの原始的な大陸の風光と、大英博物館およびグラスゴー博物館の古生物化石展示に接して異常な感動と啓示をうけ、地質学や古生物への興味をもつにいたった。

1919年(大正8年)サンフランシスコ金門学園をふりだしに、日本語教師の生活にはいる。バリア学園・ベーカース・フィールド学園、ガーデン・グローブ学園を歴任、カムプトン学園を最後に20年間におよんだ。その間、東京大学地質学協会会員となり、古生物化石収集の志は次第に醸成された。

1941年(昭和16年)大東亜戦争ぼっ発のため、ワイオミング州ハート・マウンテンへの立退きを余儀なくされる。しかし、この辺境の隔離生活が、宿願の化石発掘に没頭できる絶好の転機となった。同地を去るにおよんで、発送した収集化石の三分の一が紛失するという悲痛なできごともあったが、それにもくじけず歩き回ったところは、アリゾナ、オレゴン、コロラド、ニューメキシコ、ワイオミング、アイダホ、ユタ、南ダコタ、ワシントン、モンタナの諸州にわたった。

その間、ユタ州ソート・レーキ市のユタ大学総長コーレイ・オルビン博士、同大学地球科学館長ジエームス・マドソン氏、同市居住の技師ビル・ブロンソン氏等の知遇をえた。

1953年(昭和28年)ロスアンジエルス市に定住し、ホテル業経営をはじめる。鹿児島県出身画家八島太郎氏の美術研究所員となって絵画修業に志すとともに、化石収集を故国子弟の教育に資せんと発意するにいたった。

1962年(昭和37年)恐竜化石1体を東京の国立博物館に寄贈し、故国子弟教育に資する第一歩を踏み出す。

1964年(昭和39年)八島太郎氏の仲介により、当時建設中の鹿児島県文化センターに恐竜化石2体と古生物化石収集の精選全部を寄贈することに決する。

1965年(昭和40年)脳溢血に倒れたが再起できた。

1966年(昭和41年)半年を捧げて集められた小川勇吉氏化石収集記念室が、県文化センター科学館内に完成する。

県は、同氏の業績に対し特別県民表彰、県への招待、県文化センター科学館名誉顧問委嘱等をもって、全県民の感謝のしるしとした。

1972年(昭和47年11月)ロスアンジェルス市にて死去さる。

恐竜全身骨格の展示には小川勇吉さんのほかにも、化石の組み立てを指導してくれたジエームス・マドソン氏、背景画を描いてくれた八島太郎画伯など、多くの人の熱意で展示が完成しています。

恐竜2体は、西郷どんの銅像が見つめる先にある宝山ホールの4階にある県立博物館の分室に展示されています。ここには小川勇吉さんが集めた化石コレクションも展示されています。展示自体がレトロで懐かしい。

鹿児島に行ったら小川勇吉さんの恐竜に会わないとね!
西郷どんの銅像

鹿児島に行ったら小川勇吉さんの恐竜に会わないとね!
恐竜たちが展示されている
宝山ホール

■ 鹿児島県立博物館の本館もおすすめ!

実は最初に鹿児島県立博物館の本館の方に行き、小川勇吉さんの恐竜を探しちゃいました。ないなぁ?と良く考えたら分室だったことを思い出した!

でも本館にもプロトケラトプスの全身骨格化石があったり、サツマウツノミヤリュウ(首なが竜)の下あごの化石が展示されてたり、展示が増えたような。

鹿児島に行ったら小川勇吉さんの恐竜に会わないとね!
プロトケラトプス
鹿児島に行ったら小川勇吉さんの恐竜に会わないとね!

鹿児島に行ったら小川勇吉さんの恐竜に会わないとね!
サツマウツノミヤリュウの展示

鹿児島に行ったら小川勇吉さんの恐竜に会わないとね!
サツマウツノミヤリュウ下顎

本館を訪れると、桜島の火山灰をお土産にくれるサービスもあり、宝山ホールだけでなく本館も見学することをおすすめします!

前回の訪問記はこちら
(2016年3月)


小川勇吉さんの恐竜たち
また会いに来るまでお元気で!
鹿児島に行ったら小川勇吉さんの恐竜に会わないとね!
館長
鹿児島でアロサウルスとカンプトサウルスに再会しました! 恐竜が日本にやって来た話、何度読んでも感動します!

■ 施設名:鹿児島県立博物館
■ 所在地:鹿児島県鹿児島市城山町1-1
■ 最寄駅:市電・天文館通停留所から500m

次はどの恐竜博物館を偵察に行くのか?
皆さんのお近くにも恐竜公園や恐竜オブジェがあったら、
館長のメールまでデジカメ写真と情報をください!
皆さんからの恐竜公園情報も待ってます!
公園の場所や名前も教えてくださいね。
情報はこちらへ

■恐竜や古生物の展示会 恐竜イベント情報!
■館長が見学した恐竜展たち!
■恐竜に会える博物館・科学館など
■恐竜と遊ぶ恐竜公園・恐竜像

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テーマ:恐竜おもちゃの発掘記 - ジャンル:趣味・実用


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