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 館長の恐竜おもちゃ発掘記(ブログ)
恐竜おもちゃの博物館
恐竜倶楽部 No.431
 "恐竜おもちゃの博物館" は館長が趣味で集めた恐竜や古生物のおもちゃを公開するバーチャル博物館として1998年に始まりました。
 最近は恐竜おもちゃよりも、恐竜文化の周辺情報に興味の中心が変わりつつありますが、恐竜が好きな皆さんと一緒にこれからも恐竜文化を楽しもうと思います!


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恐竜おもちゃの博物館の館長です(恐竜倶楽部 No.431)

Author:恐竜おもちゃの博物館の館長です(恐竜倶楽部 No.431)
"恐竜おもちゃの博物館"は館長が趣味で集めた恐竜や古生物のおもちゃを公開するバーチャル博物館として1998年に始まりました。最近は恐竜おもちゃよりも、恐竜文化の周辺情報に興味の中心が変わりつつありますが、恐竜が好きな皆さんと一緒にこれからも恐竜文化を楽しもうと思います!



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「恐竜おもちゃの博物館・本館」
茶臼山恐竜公園を作った役人のお話 「恐竜公園たんじょう物語 情熱とロマンの人・小島武彦」
長野県長野市の茶臼山恐竜公園のオープン当時のことを調べていて、誕生の秘密が書かれた本を発見!

さっそく手に入れて読んでみたら、週刊サンケイに書かれていた「茶臼山恐竜公園を作った役人」のお話でした!

子ども向けの本ですが、「役人が発案した恐竜公園」その全貌がわかる内容で、感動の物語なので茶臼山恐竜公園のファンの皆さんには、ぜひ本で読んで欲しいです!

「恐竜公園たんじょう物語 情熱とロマンの人・小島武彦」より
恐竜公園たんじょう物語
情熱とロマンの人・小島武彦
和田登・作/岩淵慶造・絵
発行所 PHP研究所
1992/12/4 第1版第1印刷

内容をかいつまんでお知らせすると・・・・・ (と、いいながら長文ですが・・・・・)


■ 主人公・長野市役所の小島武彦さんに市長が与えた課題は”茶臼山に植物園を作ること”

1950(昭和25)年に長野市役所で見習い職員として働き始めた小島武彦さんが、学業と勤務の両方をこなして徐々に努力とアイデアの人と認められ、働き始めて20年余後の1977(昭和52)年4月には公園緑地課の課長に抜擢されていた。

1977(昭和52)年は長野市政80周年にあたり、それを記念する事業やイベントがたくさん控えていた。ここで新任の公園緑地課の課長・小島武彦さんに市長が与えた課題は”茶臼山に植物園を作ること”

茶臼山は全国でも有名な地すべり地帯で、大掛かりな滑り止め工事の成果で大規模な地すべりは止まっていたが、それでも地すべりは続き、1年に30センチは地すべりし、赤茶けた土がむき出しの土地だった。ここを植物園にする計画が企画され、任されたのが小島武彦さん。「地すべり地帯の上半分16万㎡を第1期として完成させ、その後、下半分17万㎡を第2期として完成させよ」

第1期の植物園は小島武彦さんの研究・努力、熱意や強運で無事に1977年7月27日にオープン。オープン後に追加で2万4千本のツツジなどの花が植えられ、見事な植物園になっていたが、小島武彦さんには、「このまま下半分も同じ植物園にしたら、いずれ飽きられてしまう。上半分とは違う何かが必要だ」と、第2期の目玉を何にすべきか悩んでいた。

そんなとき、地すべり地帯で見下ろすススキの原・・・を眺めていて浮かんだのが首の長い恐竜の姿の幻影! これに着想を得て、ひとりで恐竜のことを研究し、「地球の歴史をたどりながら太古の昔から地球の将来をも考えてもらう、そんな学習の場にしたい、そのためには恐竜・古生物が最もふさわしい。」との結論にいたる。

「恐竜公園たんじょう物語」より

・・・いたずらに恐怖心をあおりたてる怪獣とはちがうんだ。
 恐竜は、たしかにこの地球の長い歴史のなかに存在した生物だ。家族連れなどで来てそれをながめながら、はるかな時代に心をはせ、人類のたんじょうや、反対に地球の未来について考える、そんなキッカケにもなるかもしれない。



■ 周りのみんなは恐竜公園づくりを賛成するか?

下半分も上半分と同じように植物園にするつもりをしている周りのみんなを相手に、「植物園に実物大の恐竜や古生物の像を15体も配置する」突飛なアイデアが受け入れられるだろうか?

小島さんは家族の力も借りて作ったのプレゼン資料や小さな恐竜の模型を使って、公園緑地課のメンバーや上司の部長、市長をも説得し、市長から恐竜公園建設のゴーサインを引き出した。

ここからは、先日ブログで紹介した週刊サンケイに「役人が発案した恐竜公園」の記事に書かれていたように、公園緑地課だけでなく、市役所のメンバーで結成された恐竜設置委員会や、ガラス繊維入りの強化プラスチックで、鉄骨入りの空洞の実物大恐竜像をつくるという未知の難題にチャレンジした日東商事の皆さん、完成した恐竜像の色付け作業にあたり小島武彦さんと日東商事の職人さんとの間で繰り広げられたバトルなど、幾多の難問を解決し、前々から決まっていた長野市の小中学校の夏休みの初日のオープンにこぎつけた。


■ 恐竜像設置のためにクリアしなければならない課題の一つが、コンクリート製の基礎がつかえないこと

「恐竜公園たんじょう物語」より

 当時の建設現場の地すべりは大幅に改善されていたが、それでも1年に20~30センチは動いている状況で、動く時はコンクリートの土台を土砂がつき上げ、それによって建造物は倒れてしまうので、基礎は作れない状況だった。

 チームは連日にわたって研究を重ねた結果、恐竜の材質やその強度、重量などについてほぼ見通しがついたものの、きそ固めについては全くお手上げだという報告だった。

 材質は、ガラス繊維が20パーセント入った強化プラスチック。

 中を空洞にして建てる。ただし、鉄骨を入れ、風速30メートルから35メートルにもたえられるようにする。

 また、石をぶつけられても、鉄や銅と同じくらい強くはね返す力をもてるようにする。

 以上のような研究結果だった。が、これらは常識的に、コンクリートできそ固めをした場合の結論である。

・ ・ ・ ・ ・

 どうしたらよいかを昼夜考え続けた小島武彦さんが風呂に入っていたとき、海に浮かぶイカダが脳裏に映り、海と茶臼山とがダブったイメージとなった。

「そうだ!」とさけんでいた。

「あの一帯を海とみたてればいいんだ。」

 海は波立つ。あの地面も波・・・。波にのっかったイカダ・・・。イカダ組みなら、おし上げる土砂もつきぬけて、台に無理な力ははたらかない。ひっくり返らない・・・。

「イカダ組み。鉄骨で、しょうじのさんのように台を組むんだ! H鋼組みというのか・・・。その上に恐竜をしっかりとすえればいいんだ!」

「恐竜公園たんじょう物語 情熱とロマンの人・小島武彦」より
アイデアに基づいて
作られたイカダ型の基礎



恐竜を配置するんだ!というアイデアを市長以下周りの人を巻き込んでゴーサインを取り付けたこともすごいんですが、あの巨大な恐竜像を設置した場所は、当時はまだ地すべりで年30センチくらいは地面が動いていた場所。地すべり防止を管轄する砂防事務所の所長から、コンクリート製の基礎は不可(地すべりで動き、結果、建造物が傾くため)、水道敷設は不可(地すべりで水道管が切れる・破裂、水が地中に漏れると地すべりの原因になる)などの難課題が出され、技術者でないのにH鋼でイカダ型の基礎を作り、地すべりの土の動きを受け流す基礎を発案、砂防事務所からもお墨付きをもらい恐竜公園が実現できたことが、信念と熱意があればなんでもできるんだなあと感動させる場面です。


■ 次の難関は、恐竜像の造形バトル!

「恐竜公園たんじょう物語」より

 恐竜をつくったりする業者がきまったのは、きめるまでの準備に手まどり、おくれにおくれてその年の10月になっていた。引き受けた会社は、東京の日東商事という会社である。おもに博物館へおさめるもけいをつくったりしてきた業者だった。実物大の恐竜をつくるなど体験がなかっただけに、かなりの冒険だった。

 会社は総力をあげて、それに取り組んだ。

 東京の工場でまずつくり、それを3つぐらいに輪切りにしてトラックで運び、茶臼山の現地で組み立てる作戦を考えた。

「恐竜公園たんじょう物語 情熱とロマンの人・小島武彦」より
恐竜の胴体が
鉄骨で組み立てられる

「恐竜公園たんじょう物語 情熱とロマンの人・小島武彦」より
工場からトラックで運び出される
ブロントサウルスの尾の部分

「恐竜公園たんじょう物語 情熱とロマンの人・小島武彦」より
茶臼山に設置される
ブロントサウルス

 土台のH鋼の組み合わせの仕事は、別の業者がたんとうした。

 武彦は東京でせいさくがはじまると、何回も上京し、うち合わせをしたり、ちゅうもんをつけた。また、ついでに大学の先生にも会い、恐竜のこまかい疑問点について相談した。

 そして会社には、とくに恐竜の色は、今にも生きて動きだすような感じにくふうしてほしいと、自分の案を伝えた。


恐竜の造形にあたっては、小島さんはこの数年前に家族で名古屋の東山動物園の日本最古のコンクリート製恐竜像を見ていたそうで、「なんとも迫力がない、狛犬みたいな恐竜像はダメだし、茶臼山ではコンクリート製はダメ。どうやって作ればよいのだろう」と考え、茶臼山の恐竜たちは”生き物として再現”することにこだわったんですね。


■ 造形が終わり、塗装仕上げの色の塗り方で大バトル!

「恐竜公園たんじょう物語」より

・・・恐竜たちが現地に運ばれ、ペンキで色づけ作業がはじまると、

・・・うむ。ちがう。ここはどう見てもオレのイメージとちがう。と、心配しだした。

・・・これでは、躍動感がでない!

 ある日、ディプロドクスの腹の色をぬっている作業員たち2人に近づき、

「ちょっと待ってください。」

と、声をかけた。

 はけを持った2人が、ふりむいた。

「こいつは、先日も話したんだけど、腹がニンシンしたようにデブッとした仕上がりになってしまっているので、色で引きしめたいんですよ。」

「色で引きしめる?」

バサバサ頭の青年が聞き返した。髪は肩にかかっている。

「先日っていいましたけど、そんな話、聞いてませんでしたよ。」

「いや。」

「だれにですか?」

現場には、7、8人が戸倉温泉に泊まりこんで作業に通っている。

「大久保さんに、いったんだがなあ。まあ、そんなこといってても仕方ないのでね、まことに申しわけないが、前足とどうたいのくっついたあたりを中心として、青をきつくして陰影をつけてください。」

「困りますよ。急に・・・」

別のやせた小さな青年は、せなかを向け、無口に色をぬりはじめた。武彦は、バサバサの方に向かった。

「いや。たのむ。おねがい・・・。それからね、20番だけどね。」

いいだすと、バサバサ頭の青年は怒りだした。

「こっちにもイメージがある! 困りますよ。」

その返事をきっかけとして、武彦と青年が感情的になる場面があったが、結局は武彦の熱意に相手がうち負かされるかたちとなった。


造形で表現しきれなかった生き物らしさを塗装でカバーしようと、色の塗り方について日東商事の職人さんとのバトルも熱意を感じる場面です。

小島さんの頭の中のイメージを職人さんたちに伝えるため、長年飼っている亀に加え、同僚に頼んでイモリを2匹もらって自宅で飼い、何時間も観察し、筋肉の動きや色の変化を学び、ここで得た知識をもとにリアルに見える色の塗り方を職人さんたちにお願いした場面もすごいですね。

職人さんたちって技術に自身があるから、専門家以外の意見は聞かないと思うんですが、小島さんの熱意や説得がすごかったんでしょうね。


■ そして迎えたオープン日(1980年7月27日)

そして、オープン日は最寄り駅から出る恐竜バスで大勢の家族連れが茶臼山恐竜公園に押し寄せ、以来、多くの人が訪れ、歓声をあげる人気スポットになった。

「恐竜公園たんじょう物語」より

 恐竜公園は、予定通り市内の小中学校の夏休みの初日にオープンになった。
 ・・・
「あ、恐竜バス第1号が着きましたよ。」

「恐竜公園たんじょう物語 情熱とロマンの人・小島武彦」より

 おおぜいの招待客や職員のあいだから、そんな声がおこった。

 下方のちゅうしゃ場に、ボディいっぱいに恐竜の絵を楽しくあしらったバスが止まった。

 ぞくぞくと家族連れや、若い男女お年よりなどあらゆる年齢層の人々が降りてくる。

 おりたとたん、
「わーっ! 大きいっ・・・。」
と、声をあげて子どもたちが走りだす。

 トラコドン、トリケラトプス、ティラノサウルスがそこにいる!

 ”・・・さてみなさん。ここで”恐竜の王国”へご案内しましょう。恐竜の生きていた時代のことをお話するために、まず、この地球が生まれたころまで、タイムマシンでさかのぼってみましょう・・・。

 音楽をバックに、はぎれのよい女性のアナウンスが流れる恐竜バス。運転席のうしろ上部には、回転式に絵がかわるスライドが映しだされていた。

 そんなバスで、心を恐竜の世界につれていかれた客たちは、降りる前からすでに異次元に入った気分になる。

 子どもたちは、もう待ちきれない気分でバスから飛びおりてくるのだった。親もあわててあとを追う。

 やがて最大級の恐竜、ディプロドクスに出あったときには、大きな歓声をあげたまま、ひとしきり立ちつくす。

 なにしろ、体長25メートルそのままに首をもたげているのだ。

 そのうちに、どうたいの中からシッポの先まですべり台になっているのをみつけると、にぎやかな喜びの声とともにすべりだす。

 武彦はそんな光景を目のあたりにしながら、きょうという日の感激をかみしめた。

 この日から日曜日には2万人、ふつうの日でも千人におよぶ人々がおしかけるようになった。


オープン日にお客さんを大量輸送した恐竜バスには、最近のテーマパークよろしく、ガイドさんが地球の歴史や恐竜のことをバス内で前説したそうです。このために小島武彦さんは、ガイドさんたちへの講師も勤めたそうです。

こんなところも小島さんの緻密さと情熱を感じるエピソードですね。

「恐竜公園たんじょう物語」より

 武彦のアイデアと情熱が結晶した自然植物園は、名前も恐竜公園として定着し、よく年にはさらに8体の恐竜が新しくつくられた。ブロントサウルスの横には、子をいたわるようなさらに巨大なかあさん恐竜も置かれた。

・・・これが、太古、現代の別のない生きもの本来の姿さ。

 武彦は、茶臼山に登るたびに、親子の愛情について思うのである。

 ところで今、恐竜公園を訪れる客は、年間数十万人におよぶ。だがそのかげに、武彦のアイデアと情熱と苦闘があったことを知るものは、ほとんどいない。




■ 日本の恐竜公園創設のレジェンドとして、小島武彦さんを顕彰したい!!!

日本初の本格的な恐竜公園・茶臼山恐竜公園の誕生の秘密が感動の物語として気軽に読めるお薦めの本です。

恐竜おもちゃの博物館的には、恐竜公園創設のレジェンドとして、アロサウルスの全身骨格をポケットマネーで寄付してくれた小川勇吉さんに続き、小島武彦さんを”恐竜公園の父”として顕彰したい!!!

茶臼山恐竜公園のファンの皆さんは、ぜひ、本で読んでみてください。茶臼山恐竜公園や恐竜像がますます好きになりますよ!

館長
茶臼山恐竜公園を作った役人のお話 「恐竜公園たんじょう物語 情熱とロマンの人・小島武彦」

■ 施設名:茶臼山恐竜公園
■ 所在地:長野県長野市篠ノ井岡田2358
■ 交通:JR信越本線・篠ノ井駅から4km
■ 恐竜像:23体


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テーマ:恐竜おもちゃの発掘記 - ジャンル:趣味・実用


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